不健全です



つきまとい娘は人につき引き籠もり娘は家につくものだが、両者がくっついてしまうと結果二人とも引き籠もりになる。何の話かというと、若気の至りで私に入れ込んでいた少女二人が惹かれ合い、晴れて明朗なお付き合いをしだしたという話だ。こう書いてしまうと何だか私が腑に落ちない位置にあるが、事実そんなところだ。
今日も清楚で白い顔をした少女二人は、一枚の毛布を被って猫のようにじゃれ合っている。ほほえましい光景だ、と私は茶を啜った。さて、ところでどうしてこんな描写が成立するかといいますと、それはここが私が間借りする宿直室であるからです。



 「なんでまだ小森さんはここに住んでいらっしゃるんですか」
私はふと疑問に思ったまま聞いた。するとさっきまで一緒の雑誌を覗き込んでいた二人が、揃って顔を上げてそれから見合わせて振り返って呆れた。
 「聞くの遅いよ、先生」
小森さんが淡々と言う。常月さんも頷く。そうでしょうかね、と私は返す。ちなみに彼女たちが付き合いだしてかれこれ二月になる。と、今朝の朝食のとき二人で言っていた気がする。私はそのとき朝にずばっと言う番組を流し見ていて聞き流したからよく覚えていないが、それで今晩はなかなか手の込んだお祝いをするんだそうだ。記念日だなんだといちいち言って面倒なのが女性だが、若い娘さんたちはそれも噛み合って幸せそうである。


 「しかし、小森さんがここにいると常月さんもずっとここにいることになりますよね」
 「それが何か?」
 「…あのですねえ」
ふしぎそうな顔ふたつに、今度はこちらが呆れた。学校に住んでしまった小森さんは私と交が宿直室に来てからあれこれ世話をしてくれるようになり、常月さんもいつのまにやら半ば居着いてしまっていた。しかしいくら住みやすいように工夫しても、やはり宿直室は宿直室、そう快適とは言い難い。もう慣れたものだし居心地が悪いとは言わないが、大人一人と若い娘が二人と更に子供が一人では手狭でもある。というかそもそもよく考えれば、この状態は不自然きわまりないだろう。どこでどうなると独身教師と未就学児が女子高校生カップルと共に暮らすのか。週刊誌に嗅ぎつけられれば社会的に終わりだろう。流れのままにここまで来てしまったが、そろそろ考えさせた方がいいのではないか。


 「いつも一緒にいたいなら、常月さんのお家でいいじゃありませんか」
そうでしょう、という私の提案に、二人はあっさりと首を横に振った。小森さんがこともなげに言う。
 「わたしは学校ひきこもりだよ」
またそれか、と私は内心げんなりした。この子は一旦居着いた場所を離れるのが本当に嫌なようだ。だから不下校などという前代未聞の事態になったのだが。
 「ですから、常月さん家ひきこもりになればいいのでは?」
 「ひきこもりはいいんだね」
 「ええ、まあ」
あなた方が宿直室を出てくれればあとはどうでも、とはさすがに続けなかった。意外に拗ねると面倒なところがあるからだ。むすっとして晩ご飯も作ってもらえなくなる。別にかわいらしいと言えばまあそうだが、何回もやられると邪魔くさいというか。
 「でもわたし、どこにも下校する気ないよ。学校に来てるの、たぶん一応評価に入れてもらえてると思うし」
 「ああ、まあそうか。来っぱなしですけどね」
そう言うと、前髪に隠れていない口元が不服そうに曲がる。誰のせいだよみたいなオーラ出すのやめてください、登校してからは貴女の自己責任です。


 「それに先生。それではわたしも不登校になってしまいます」
いつまでも一緒にいるのならずっと家にいないといけなくなる、と常月さんが挙手して言う。私はもう一回げんなりした。ああそうか、そうだった。
 「学級に不登校児が二人もいては、先生のお立場も危ういでしょう?」
 「貴女は元から真面目に授業受けてませんけどね」
艶やかにほほえむ少女をあしらうように返すと、やっぱり少し不満そうに口をとがらせた。はいはい、確かにかわいいですけどね。
 「それに最近は教室にも来ないし」
 「行っています、週2で」
 「この学校は週五日制です!絶望した、ストーカーにすら邪険にされる自分に絶望」
 「違います、ディープラヴなだけです」
 「台詞の腰を折らないでいただけますか!」


人の話も聞かずに、軽く頬をふくれさせたまま少女たちは抱き合う。よしよしと頭を撫で合っているのは私へのあてつけだろうか。今、苦境にいるのはまぎれもなく私であるというのに。やっぱり女はこれだから、と言ったらまた女性軽視とか何とかなんでしょうね。まったく、こっちは保身のみならず貴女たちのことも考えているんですよ少しは!


 「きゃ!」
 「わっ」
毛布の中は見るからにあたたかそうで、少しむかついたので前触れもなく飛び込んでみた。二人ともに抱きつくような形だ。少女たちは一瞬驚いたように声を上げたが、すぐにやれやれといった顔をして私の頭を撫でた。何ですかその反応は、成人男子に向かって。もし私以外であったらすぐにぺろりと食べられてしまいますよ。
 「しょうがないなあ先生は」
 「はい、どうぞ」
毛布を開けてくれたので、潜り込むように抱き込んだ。背面に毛布がかぶさり、前面を私に預けた状態で、少女らはくすくす笑う。
 「本当にどこか行っちゃったら嫌なくせに」
 「わかったようなこと言わないでもらえますか」
 「嘘ならすぐにわかりますよ、愛が深いから」
 「貴女たちのはただ重いだけです」
それは確かに居心地はいいけれども。しかし、前途ある若い人にこんなところでぐだぐだと乱れた生活をさせていていいものか、という思いもあるんですよ一応は教師ですから。言いませんけどね、なんだか照れますし。


 「せんせ、ずっとお慕い申しあげています。霧ちゃんといる時間と均等になるように、七日を三つに分けているんですよ。先生といるとき、霧ちゃんといるとき、それからこうやって三人でいるとき、って」
 「放っておけないからどこにも行かないんだよ。まといちゃんのお家に行ったら、お世話ができなくなっちゃうでしょ。それにわたし、こうしてると幸せだから」
甘やかす台詞が順番に聞こえる。つけあがりますよ。ぐずぐずと駄目になるのは気持ちがいい。服越しでもやわらかでか細くあたたかな二人は、なんとも幸せそうでなにやら幸せにされてしまいそうだ。その結末がどうなるか、悲観的になる思考力さえも奪うくらいには。
 「…だから、ここにいてもいい?」
 「いいですか?」
そっと体を離して見上げてくるふたつの顔は揺れも迷いもなくまっすぐ可憐だった。やがて彼女たちはすべてを察したように笑う。私は知らず知らずほほえんででもいたらしい。まったく厄介なことだ。


 「私は、貴女たちをほんとうに愛しているわけではありませんよ」
 「いいよ別に」
 「ひどい男です。傷付けてしまうかもしれませんよ」
 「一緒にいられるなら、それで」
 「もし先生のことで泣いても、きっと二人一緒だし」
 「何ですかそれ」
怪訝に言うと、少女たちはきゃあきゃあ笑った。ああもう、と思いながらいっぺんに抱きしめる。二人の背中の真ん中くらいに両手をそれぞれ置くと、どうにでもなれと思えた。週刊誌だろうが教育委員会だろうが、いざとなったら三人一緒におさらばだ。たぶん彼女たちは笑って私の手を握るだろう。今、ぴったり同じタイミングでそっと両頬にくちびるをくっつけてくれたように。


 「…常月さん、小森さん」
不覚にも何やらこみあげてきて、どうして私には口がふたつないのだろうか、とぼんやり子供のようなことを思う。確か何かで読んだ、体の部品でひとつしかないものは誰かひとりのためだとかなんとかいう話。私の思う誰かひとりに、私は絶対に届かない。じゃあ、せめて何でもふたつくらいあったってよさそうなものだ。こんな私を愛してくれる、彼女たち二人のために。
 「先生、口がふたつ欲しいです」
思ったままに呟いた。二人はきょとんとして、それから吹きだした。いくら箸が転がってもおかしいとはいえ、今のは本気であったのだが。彼女たちは口々に言う。
 「だいじょうぶだよ、そんな妖怪みたいにならなくても」
 「そうですよ、三人いるんですから。ほら」
常月さんのくちびるが私の頬に落とされ、小森さんのくちびるは常月さんの頬に触れる。ああそうか、と私は笑って、そっと小森さんの長い髪を除けて白い頬に顔を寄せた。



 「何やってんだよ」
幼い声が聞こえてばっと飛び退いた。心臓がばくばく鳴って嫌な汗が出ている。おそるおそる振り返ると、小さな甥っ子が扉を開けた姿勢でこちらを睨んでいた。冷たい目だ。遊びに出ているからと油断していた。というか、ぶっちゃけ忘れていた。
 「交、帰ってきてたんですか」
 「話そらすなよ、何やってたのか聞いてんだろ」
この年にして大分ふてぶてしい甥の頬は怒りのためか赤かった。やれやれ、と私はため息をつく。どう説明したものだろう、どうやっても納得しそうにない。
 「お帰り交くん」
 「手洗ってきたらプリンがあるけど」
 「プリンなんかでだまされるか!」
少女たちは平然とまた同じ毛布にくるまってくっついていた。さっきまでのあたたかな雰囲気が嘘のようだ。交はきいきいと毛を逆立てて吠えている。甥はまだ彼女たちの関係がぴんとこないらしく、ずいぶん仲良くなったんだな程度に思っているようだ。二人もさすがに交の前で過度にふれあうこともないし、まあ当然だろう。というか今はそういう話じゃなくて。


 「姉ちゃんたちに何やってんだよセクハラ教師!」
 「何の話ですか、騒々しい」
 「しらばっくれんな!」
ちょっとがんばればなんとかごまかせるだろうかと思いながら目をそらすと、交はもっと気を悪くしたようだった。ああ、子供の扱いはわからない。
 「俺は見たからな!なあマリア!」
 「え」
交が呼びかけた先を視線で追って青ざめる。褐色肌の小さな少女がひょっこり顔を出してにやにや笑っていた。その手にはもちろんカメラがある。今まで数々の弱味を握られたあのカメラが。
 「ちょ…!」
私が問いただす前に関内くんは走り去ってしまった。報告先は果たしてどこなのか、この後どういう目に遭うのか。猟奇オア嘲笑、ああ語呂が悪い。愕然とへたり込む私を見て、気が済んだらしい交は勝ち誇ったように笑う。ああ悔しい、子供相手にこの体たらく。一体私が何をしたというのだろう。いややましいこともないことはないが、それにしたってひどくないですか。因果応報ってこんなに厳しかったっけ。


 「姉ちゃんたち大丈夫だった?」
 「ええ、すごく惜しいところだった」
 「なんだよそれ」
 「まあいいや、交くんも大人になればわかるよ。はいプリン」
さっきまでのメロメロピーはどこへやら、少女たちは和やかにお茶の用意を進めている。私にぞっこんなんじゃなかったのか、ドライな現代っ子どもめ。ていうかそれは私が買ってきたプリンでしょう、三個入りを三人で食べるってどういうことですか。ねえちょっと、結構な身の危険が迫ってそうな人を邪険にしないでください。絶望した、一旦持ち上げられた分いつもより深く絶望した。


 「…もういいです、ちょっと出てきます!」
私はそう言い捨てて、外套を羽織って飛び出す。いってらっしゃい、と手を振る娘さん方はさっさとこたつに潜り込んでしまった。私はとりあえず、絶対に届かないけど絶対にやさしい誰かさんのところへ足早に向かう。建前はそうだ、睡眠薬が欲しいのだとでもしておこう。




喜劇的すぎやしませんか!

- end -

2008-11


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