ある未来人



※理系にとんと疎いド文系のなんちゃって未来人パラレル、発端はこちら





稀代の天才サイエンティスト、というのが世間一般での彼の評判らしい。しかし僕の生みの親であり唯一の友でありほぼ全てであろうキノクニヤは、僕から見ると世にもまれなる不可解な人間、古い言葉で言えばスカポンタンであった。こんな突拍子もない発生をしたやつに言われたくはないだろうがそんな突飛な誕生をさせたのが誰かを考えれば当然の話だ。
今日も今日とてキノクニヤは自室に備えたラボへ籠って何やらの実験に勤しんでいる。ひとたび器具や薬品を握ると、爛々と目を輝かせて日常生活そっちのけで耽溺するのが彼の悪い癖だ。よく考えると、ここ三日ほどろくに顔も見ていない。一瞬不安がよぎったが、まあ平気だろうと読書に戻る。日に三回手軽で美味な栄養スープをあたためて部屋の前に置いていたし、その器はきちんと空になって出されていたからだ。さてその間僕はというと、先日借りてきた古典作家の全集を存分に読破して過ごしていた。古い古い時代を悠々と生きた作家の全作品となるとさすがに持ち帰るにも腕が痺れる。その重みにチップ一枚に収まった文字列とは異なる深さを感じるのは、いわゆる懐古趣味というやつなのだろうか。人造人間にもそんな情緒があるのかは、生憎その老紳士も教えてくれなかった。きっとその時代からすれば、今の世の中は絵空事より不可解だろうけど。ともかくゆったりと九冊目を閉じ、さてすぐ十冊目にとりかかるかそれとも夕食の支度をしようかと思っていたとき、不意にラボの扉がウィンと音立てて開いた。
 「クドー!ちょっとこれ見てみ…」
躍り出てきた少年が何かを言い終える前に、右手に掲げていたフラスコを取り上げて隣の洗浄室内へ蹴り込んだ。うおあ、と驚く声を無視してスイッチオン。人体や環境に無害な消毒殺菌シャワーは15秒で完了する。その難点はただひとつ、うっかり飲み込むとすごく苦いことだけだ。ということはつまり本来は人間を放り込む設備ではないということで、良い子はあんまり真似をしてはいけません。
 「…おい、クドー」
乾燥までしっかり終わると、予想通りキノクニヤは青い顔をしてふらふら出てきた。淡い太陽の香りがしたので、僕はやっと安心して近寄ることができた。
 「人を害虫みたいに扱ってんじゃねえよ!」
 「だから風呂ぐらい入れって、いつも言ってるでしょ」
いくら文明が進歩しても、人間汚れるものは汚れる。だから人々はより清潔志向になる。この高度文明化社会で三日も風呂に入らなくて平気なんてありえない。代謝をあまり気にしなくていい僕ですら、想像するだになんとなくむず痒くなるというのに。
 「あとでラボも換気と掃除するから、まずいものは蓋しておいてね」
 「っていうかおい、それより俺の話…」
 「蓋、しておいてね?」
 「…はい。聞いてもらっていいですか」
 「いいよ」
普段のこいつの操縦は、僕の特技といっていい。少々苦手としているらしい僕の口元だけの笑みに、キノクニヤはすっかりおとなしくなった。よしよし、と今度は目元もやわらげる。僕が浮かべる表情というと普段はこういう笑顔のバリエーションくらいで、キノクニヤのあの激しい感情表現から影響をあまり受けていないのがなんとなくふしぎだ。
 「話って、これのこと?」
さっき取り上げたフラスコを軽く揺らすと、途端に彼の顔はどこか不穏に輝いた。そうなんだよ!とはしゃいでいるのを僕は息子が3Dゲームの成果を報告してきた父親のようにほほえましく見守っていたが、次の一言で見事に固まった。
 「それ、ドラゴンの卵なんだ!」
 「…は?」
思わず聞き返すと熱弁が返ってきた。曰く、先日読んだ前世紀末のライトノベルズに影響を受け、あの厳しく誇り高く慈愛に満ちた架空の生物をなんとか作り上げたいと思い立ち、詳しい課程は摩訶不思議なので割愛、今朝ようやく有り体に言えばドラゴンの卵とも表現できるこの緑色な液体の試作に成功した、とこういうわけだ。たぶん一週間もすれば立派なドラゴンになる、とテンション高いキノクニヤをよそに、僕は頭を抱える。こいつは天才は天才でも、バベルの塔をたった一人でありえない建て方で建ててしまえる天才だ。もう科学者じゃなくて錬金術師、しかも禁忌を破る方。しかも、きっと、いや絶対、もし本当にドラゴンが生まれてしまった場合にどうやって飼えばいいのかとかどんな危険が考えられるかとかは露ほども想定していないだろう。
端的に言おう、馬鹿だ。
 「…クニヤ、ちょっとそこ座って」
 「え?」
 「座れ」
笑顔も作れず真顔で床を指し示すと、キノクニヤはいぶかしみながら正座をした。その姿を見下ろしたまま腕を組むと、どこかおびえたような目をする。心外だなあ、僕は君にちょっと反省してもらいたいだけだよ。少しばかり口角を上げると、クニヤの顔色が目に見えて白くなった。


その後、「卵」はイトシキ系列の研究所へ送られ、安全で快適な環境下で元気に育ち、星を滅ぼすことも我が家を潰すこともなく、少しやんちゃなお嬢様のペットとして末永くかわいがられましたとさ。どっかの哀れなアンポンタンがちょっと泣かされたことを除けば、めでたしめでたし。




本当に「カミヒトエ」な奴!

- end -

2008-11


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