「僕には一番理想の世界があるんだ」
隣を歩く級友が唐突に呟いたから顔を上げる。
「…どんな」
曖昧にわらう横顔は静かでさっきしゃべったのも空耳だったような気がした。けれどもう一度再生してみた声は確かに夕暮れにそぐうものだ。頭の中でも、こいつがそのときどんな顔だったかはわからなかった。押してる自転車が軋んだ音を立てる。
「夢のくに。空があって風が吹いてだだっぴろい、そういう所」
応えは数秒挟んで返ってきた。さっき俺を泣かしたのとおんなじ声が、話の中よりがらんどうな気がする世界をさらす。想像したら、何かさびしい野原みたいなものが地平線いっぱいにひろがった。
「辺りは白とかうすい青とか、そういう色をしています」
お前みたいに曖昧なんだな。あんまり楽しい色合いじゃなかった。せめて金とか銀とか濃いめの紫とか、そういう派手できらびやかな世界にすればいいのに。
「でも、今みたいに、端っこだけ黄色い空もなんかきれいだね」
それには、ああ確かに、と思う。でも頭の中に足してみたら、余計さびしくなった。夕陽だけがやけにぽっかりと、赤く眩しく浮いている。
「猫や犬がまばらにいて、雀や鳩がいます。 遠く遠くには鉄塔が建って、電線が何本も伝います」
ぽつぽつ響く声は、穏やかな雨みたいで癪にさわる。春先みたいだ、と思った。
「ふつうじゃん」
「うん」
とげっぽい声は、けれど何でもないようにうけとめられた。また少し歩いていってから、でもね、と続く。
「人はあんまりいない方がいいんだ」
意外な気とそうでもないような気がして、ちょっとだけ目が前より開く。
「…ふうん」
ああそうかとだけ思って、わかんねえ、と言った。久藤は黙ってやっぱりいつもみたく笑っていた。さっきよりもっとむしゃくしゃした。
「俺も、いないか」
少しのゆらぎを含んだ声が勝手に出ていってから、何言ってんだ俺、と思う。聞いてどうすんだ。どっちの応えでも、俺は適当にショックだろう。友だちに面と向かって排斥されるのも、勿論気を遣われるのもだ。
そんで、そんなのでしょげるのも馬鹿みたい。
「木野は、いるよ」
軽くうつむいていたら、まっすぐな声がした。久藤はもう笑ってなかった。前を向いてあさっての空を見ていた。つられて見ると、うす黄色はもうひっこんで、朝顔みたいなくすぐったい濃淡があった。
「木野は、いる」
血のめぐりがやっと頭にとどいた。振り返っても、久藤はやっぱり空を見ていた。
「それ、どういう」
文末にもいかずに変に鳴った喉がまだ塩っぱくて、風が妙につめたかった。こいつの言葉にいちいちうろたえるなんていうのもてんで馬鹿みたいで嫌だった。友だちになってから、ずっとそうな気もした。
こっちを向いてまた笑った久藤が、ちょうどさしかかった四つ角で、ばいばいまた明日と言った。
突如飛び出す
- end -
2008-03