この夜の幸い



つんと涙腺が痛いくらいの寒さが夜を浸している。そうして真っ暗なはずのつめたい夜は、見かけはまさしくあたたかい光がうつくしく占拠していた。人の行き交う駅前に華々しく飾られた背の高いもみの木はめずらしく本物で、でもそれすらよく判別できないほど電飾に覆われている。重たいでしょう、と思う。そうしてこれを用意してくれたみなさん、ああでも、いいのかな。おまつりだから。楽しく、なさったのだろうか。そうだといいなあ。申し訳なく思っていいかもよくわからなく、ありがたみだけ思うようになっていく。寒さと安楽な愉快にあたまが痺れている。足はずうっと浮き立っていて、踊ったり笑ったりしそうだ。もちろん不安もあるのだけれど。ああ、ああ、慣れない。そわそわしすぎてここに立って待ってはいられないような気持ちになる。待ち合わせだから動いてはいけないのだけど。足下に目線を下げると、身の程もしらずつい買ってしまったブーツが目に入って、あの日の記憶込みでそわそわが加速する。でたらめに言ってみます、やたらと恋が募る。

マフラーにうずもれたまま落ち着かない息をつくと、ふわふわと白く上って散った。耳元まであたたかく防ぐ帽子と、指先を守る手袋。完全防備すぎるけど、心配されてしまうので。大人のお姉さんにはまだ遠いことです。先ほどから繰り返されるひそやかなBGMはうるわしい今日の日を祈っている。後押しのように思う。はい、とちらないようがんばります。どきどきしてます。駅のツリーの街角の電飾がちかちかと瞬き、サンタの帽子をかぶったマスコット人形が店先でほほえみ、笑顔をかわし合いながら人々は歩く。それを眺めながらわたしは、本式のやり方ではまったくないのだけど、もしかすると顰蹙ものの改変かもしれないけれど、今日の日があってよかったなあって、思っています。

 「ごめん!待った!?」
快活な声にすぐさまそちらを向くと、木野くんが息を切らしそうな速さで街の合間を駆け寄ってくる。そんなに急がなくてよかったのに、と思いながらこちらも歩み寄っている。飛びつきたいのはさすがに恥ずかしくておさえた。待たされてはないけれど、待ちどおしかったです。知っていてほしいのは、今すごくとても、遥かにうれしいのです。
 「ほんとごめん、出がけに失くし物してばたばたしちゃって」
 「いえこちらこそ、また早く来すぎてしまって…」
言いながらふと、少しコートの柄が個性的なくらいでそれほどきらびやかな服装でないのにおどろく。あのツリーに匹敵するくらいの服でもおどろかないよう心構えしていたのに。そういえば先日、久藤くんがとてもにこやかに、念押しといたからね、と声をかけてくれたような。そのときは何のことかわからなかったけど、今、ありがとうございます。あとはだいじょうぶです。がんばります。

 「わかりやすいからってここにしたけど、駅の中で待ちあわせした方がよかったな」
 「いえ、平気でしたから、ここのツリーもきれいで楽しかったし」
 「けどほっぺた赤いぜ、寒かっただろ」
木野くんは気遣わしげな顔をして手袋を外したあたたかな手でわたしの冷えた頬をなでてくれた。あ、結局心配させてしまった、と思って少ししょげる。だって寒いからと駅の中を指定しては、見つからないかもと不安だったのです。ずっとじっとして落ち着かなかったです。でも待っているのも楽しかったんです。それをきちんと伝えるにはどうすればいいかと思って、一瞬ひるんで、けど結局つき動かす恋に負けて、マフラーを首まで下げてから木野くんの肩にそっと手を置く。虚をつかれた顔の頬にもう片手を寄せて、狙いを澄ましたまま一瞬だけ目を瞑る。少し高いかかとのおかげで、ちょっとの背伸びで済んだ。

目を開けると木野くんは赤くなった頬でまばたきしていて、こちらも下ろしたかかとが所在ないような照れを感じる。けど下げた両手をすぐに掴まれて引き寄せるハグをした。またこれにもただ照れてしまって、けれども嬉しいので、やんわり離れてからどちらともなく手をつないで、行こっか、はい、とうつむいて交わした。まだ手袋を外したままの手が少しでも寒くないように包む。きっと片方だけポケットに入ったままの、申し訳ないけど離したくなくてつけさせられないそれは、何色なのだろうか。

ちらと隣を見ると街の光に淡く照らされた横顔がこちらを向いて、まごうかたなく幸せだとばかり笑う。いちいちときめいて気恥ずかしくて温もる。幸せが発光しているように錯覚する。すいません。ありがとう。うれしいです。このひとには今日、これから先、何回こう言えばいいのだろうか。まだ到底わからないけど、あればあるほどいいのだと思う。わたしよりおおきな手をしっかりと握る。ツリーの電飾は、まったくもってあたたかく背中に輝いている。


(この世の最愛)

- end -

2010-12-24


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