スクリプトデート



デートしようよ、と、思わずという以上の笑いを混ぜながら白皙の少年が言うと、なんでだよ、いいよ、とそれ以上に笑ってしまいながら明朗な少年は答えた。
了解を得た少年1は、やった、とくすくす余計に笑いながらでは明日やることの段取りは夜に送るという。なんとも突然の申し出を、お互い喜べるような距離にいる二人だ。たとえば真っ直ぐな道を、並行に歩いてそれですでに快さが満たしているような温度だろう。夕暮れほど近くもまだぽかりと明るい教室は、二人しかいない窓辺をうっすらきんいろに染めてしまった。

次の朝、少年1は万全の計画をもって少年2の家へ向かった。おう、と迎え出た主に、まあとにかくこれを着なさい、と客はにこやかに紙袋をさしだす。服装まで計画立てされてしまうことに服道楽の彼は、ええ、まじか、と端正な眉をゆがめるが、すぐにこらえきれず楽しくて仕方ない表情にほころび、それから二人ともげらげら言う勢いで笑った。ほんとうに、おもしろいほどすぐ笑うのは、ここ最近の彼らの常になっている。
少年1のたずさえてきたものは、ほどよく上等そうな濃い単色の上着だけで、それをいちまい上に羽織ると少年2の好む奇抜で異様な格好も、不思議なくらい棘がやわらいで空間になじむものに変化した。魔法だ、隠れ蓑だ、と彼は破顔したけれど、あんがいこのバランスを気に召したようでもあった。心境の変化、というような何かがあるともないとも量れはしないが、これで彼の服装に目を回す子どもが今日ばかり出なくなるのだったら、さしつかえはない。

そうして彼らはがたごと電車に揺られて目的地へ向かった。この辺りでいちばん大きな何でも入った遊園地だ。非日常めいた乗り物に乗り、チープにご飯を食べ、水槽の魚を見て地下迷路を探検した。3D映画を見て、土産物屋をひやかし、コーヒーカップでぐるぐる回り、ちょうどのタイミングで出くわしたマスコットとハグをした。そうしてまた乗り物の列に並び、並びながらお互いにぽつりぽつり喋っていたら、予想外に早く列が進むとまた言い合っておどろいて、よっぽど退屈とは縁遠い。
少年1の立案は完璧にめまぐるしくばからしく、二人とも満足しないことがなかった。この明晰な少年にしては意外なほど、つめたさも邪気もない、同い年じみた提案ばかりだった。
容姿のととのった男子の二人連れとして人目を引くこともあったが、彼らがあまりにひたすらまっとうに楽しんでいるので、快活で暢気な友人連れだとほほえましく眺められる。あるときなど走って転びかけた幼女をとっさに支え起こして二人であやしたから、駆け寄ろうとしたその母親が思わず目の保養とばかりに立ち止まっていた。
駄賃のようにいただいてしまった小銭ではちょっと足の出る屋台のドーナツを半分こにかじりながら、お前が爽やかな顔でよかったよとか、いやいや今日に限っては君もあなどれないよとか、軽口を叩き合ってぽかぽかと陽射しを浴びた。夢のように穏やかで、現実らしくも刻一刻を高らかに告げていく時間が過ぎた。



そろそろ夜も近く、日が暮れてきた。よほど楽しかったのか、アーモンド眼の少年は跳ね分けさせた前髪を風に梳かせて幸福感を絵にかいたような表情でゆるゆる歩みを進める。その少しばかり斜め前についた淡い色の垂れ目をした少年も、どこかじんわりと噛みしめりような風情を暗がりや首をそれとなく背ける角度にごまかしていた。
けれど、そのうつくしい眉や睫毛に仄かにまぶしかかる哀感に、聡くも気づいたものも彼自身ほかにいないのだろう。



フィナーレと銘打たれた花火の時間になった。色濃くなってきた夜と、ぽつりぽつり華やいだ色のつくり飾りめく街灯、なんだか遠のいていくような喧噪の人々の、それだけがその場のすべてだった。やわらかな白い光の下、陣取りとしては覇気もないほどそれなりの位置に、もっと目もくらむような熱の花が咲くのを待ちながら見上げている。二人ともそれぞれ幸せな日々の中で、特に一人はじつはいま最高点なほど幸せだ。もう片方は、それがもっともっと高い位置に更新されていくことを、花火より何より彼のいだく彼の未来像より鮮明にかたどっている。物語ぐるいの、装飾ぐるいに向けた、くるいのない祝福で、できるかぎり先導をしてしまいたかった。
参考にするといいよ、とだしぬけに彼は言った。…何の。楽しいデートの、わりとこの感じは完璧だったと思うから。自分で言うか、つうか俺だってちゃんと考えてるし。だったらいいんだけどね。そんな抑えたやりとりが、機械めいた声色で流れてぼわぼわ膨らむアナウンスのさなかにからりと浮かぶ。すべてが少し遠くから届く、と思っていたのがどちらかはわからない。つめたい夜気の、鮮明な闇の、ぴかぴかとぼやけて眩しい妙な空間にすべては流れ去っていく。聡明な少年は口を思わしげに開いて何も発さずに閉じて、ひそひそと見つかりも聞こえもしないほどかすかに動かした。よかったね、ほんとうに、と見る人からは読めただろうか。

あの、でも、ともかく、今日はすっごい楽しかった。お前も面白そうにしてたし笑ってたし、嬉しかった、ありがとな。空を見たまま少し早口ながらはっきりと明瞭に少年は伝えた。もう一方は一瞬だけきょとりと隣の横顔を見つめてやがてふっと溶かすように微笑む。どういたしまして、の辺りで、やっと上がった花がどうと音立てて咲いて、だからそのはずみでゆらめいたのかとも思うほど危うくしかし狙ったことは確かな軌道で彼は一歩を詰めた。ふりむきかけるのを制すように肩に手を置き、くちびるの半分よりも横にそれをそっと押し当てて離してから、で、このタイミングでキスね、あ、ちゃんと、くちにね、とひそりひそり囁く。寸の間遅れてから嘘のように赤面して少年が唸ったので、あはははは、と嘘のように声立てて腹抱えておかしそうに彼は笑ったのだ。


(予行演習やめた)

- end -

2011-12


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