「久藤くんは木野くんのことがすきでしょう」
何の含みもないように呟かれた言葉に淀みなく進んでいた羅列の読解が止まった。
固まった顔を持ち上げるとやっぱり目の前の女の子はいつもの通り、かげりを消し尽くす笑顔をしていた。ゆっくりと首を傾げて、はて何のことですかというようなポーズをとるけれど、風浦さんはお見通しだと示すこともなく小さな笑い声をあげる。僕は笑顔を作ったまま溜息をついて、苦く歪ませてみせた。きっと、この子に聞かれたことをうまくはぐらかすなんて芸当は神さまにだって無理だろう。この目はあんまり怖すぎる。
「図星だけど、それがどうかしたかな」
投げやりに聞こえない程度の声を作る。あまりに素直に応えたからか風浦さんのつぶらな目が心持ち余計に丸くなった。けれどそれもすぐに何事もなかったような笑顔に戻るのだ。いい加減辟易するくらいに何年も風浦さんは風浦さんのままだ。
「不毛でしょう」
「そんなことないよ」
「ひょっとして、軽蔑する?」
「まさか。人が人に恋をするのは素敵なことだよ」
上下なんてないよ。そうにこやかに言ってのけるこの子は本当に大した女の子だと思う。ちょっと気になってただけだよ応援するね、という台詞がついてきたので、ありがとうと返して開きっ放しだった本に栞を挟んで閉じた。それから思いついたことを言った。
「ねえ、本当はどうでもいいでしょう?」
「うん」
やっぱり笑顔だったから笑顔を返した。これも本音かどうかなんてさっぱりわからない。普段は本心をかけらも見せないけど、僕にはさほど隠す努力をしていないのか、この細かな棘さえカモフラージュなのか、それはわからなかった。あまりこの子について深く掘り下げると頭が痛くなるのを知っているので意識から外す。
「久藤くんはなんでも知ってるね」
「風浦さんがどうでもいいって思っていないものは知らないよ」
「知りたいの?」
「よしておく」
「そう」
こんなふうにいつまでも化かし合いのようなやりとりをしていては正直言って面倒でしかたがないんだけど、僕たちはこういうところは少し似ているからしかたがない。そういった言い方で言うならば木野はこちらとは正反対の気質なんだろう。
「木野くんまだ来ないね」
「今日は休んでたよ、学校」
「そうだっけ」
「本当にどうでもいいんだね」
彼女はうなずきもしないで、椅子に腰掛けたまま足をぱたぱた揺らす。夏風邪だって、と言う僕に心配だねと言う微笑は本当に天使のようにかわいい。描写として客観視をしてみればの話だ。そういえば本も読まないでなんで図書室にいるんだろう。僕と話すためかそれはわからない。少なくとも僕が本を読み始めたときにはここにいなかった。
「風浦さんは、好きな人はいないの?」
「よしておくんじゃなかったの?」
「さっきくやしかったから、しかえし」
「へえ」
久藤くんでもそういうことを考えるんだね、と風浦さんは笑った。彼女はさっきからほほえみつづけている。それは僕だって一緒なのはそうだ。先生?と聞くと、どうかなあ、と応えた。穏やかな顔色はびた一文変わらない。そっかあいい線いったと思ったんだけどな、と平板に続ける。
「じゃ、…木村さん?」
本当に狙ったところをつついてみた。目に見えて表情が消えた。そのことに内心たじろぎながら、やっぱりとも勝ったとも示さない笑顔をつづけた。彼女と級友の少女との間にどんなつながりがあろうと特に興味はないし、彼女がこんなところまで同類項であったとして、それは別に大きなことではないと思った。この子にこの手の感傷があるというのは、ある種大きいかもしれないが。
「なんだ、久藤くんはすごいね」
風浦さんはもうあの笑顔をつけている。そうかな、と僕はつぶやいて、また思いついて言った。
「不毛でしょう」
「ええ、不毛でしょう」
問いかけたら肯定で戻ってきた。あるいは、問いかけで戻ってきた。含めた意味は全部めずらしくまともに浴びせるものだと思った。僕らは黙って、認めたとか諦めとか、余所に置いた笑顔を交わした。
さて、ひつじの子のおなかのなかにはなにがあるんでしょう。開いてもぽっかりとくらいくらいだけかもしれません。いっそ、真っ白かもしれない。がらんどうの明るい明るいこえをくりかえすテープレコーダーが入っているのか、泣いてる女の子はいるんでしょうか。けれどそのふかふかの毛皮を逆さにふってみたら不自然に赤い苺の飴みたいな恋心が、あっけなく転がり出ることはたぶん確かなのです。
どくどくしい真っ白ふたり
- end -
2008-05