(久藤→木野)

 

いつものように本を広げて聞き流していた生物の時間、とある単語とその説明がふと僕の耳にひっかかった。走性、ええこれは、蛾が光に集まるでしょう、あれです。正の光走性と言ったりします。あからさまに専門外らしい担任のおざなりな授業は皆あんまり聞いていない。中にはかぶりつくような勢いの子もいたけど、僕の興味は言った本人じゃなくてその内容だ。妙に誰かを思い出す。連想ゲームで緩みそうな口元を表紙で隠した。たのしくない本だったから、久々な表情筋の動きだ。ふとその当人をちらりと見ると、頬杖ついた目線はやっぱり黒板じゃなくて斜め前、窓側三番目で後ろの席に遠慮している小さな背中に向いていた。わかりやすすぎて思わず笑ってしまう。追っかける彼に正の走性、追われる彼女に負の走性。世界でたった一組の、一定距離を保って動く正負の走性。二人であんまり突っ走られるとどんどん僕から遠ざかってしまいそうだ。とはいえ追って走ろうとは思わない。あの娘が逃げる理由をばかなあいつがやっと見つけた頃、投げた祝福の花が届く位置にいたらいい。ひとまず今はあと五分半ほどで鳴るチャイムの後、奴を笑ってからかってやるための台詞回しを考えておこう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (霧まと)

長すぎる髪からも白すぎる肌からもふわりと香る甘さに知らず頬がひきつった。「どうかした?」気づいて窺う、と言っていいのかためらうくらい前髪の被さった顔。隙間から確かにこちらを見る目のさも純真だといわんばかりの輝きがとても嫌だった。「なんでもない」平板に言いながら、腕を掴んでいた指を肩に伝わせて思い切り力を込めた。痛っ、と非難めいて上がる声も気にならない。けど冷たそうな肌はやっぱりあたたかくて不快で、あまり触らないように爪を立ててみた。「余計に痛いよ」白い手が持ち上がって頭を撫でてくる。「やめて、うっとうしい」「やだ」「やめないとひどい、って言ったら」「もうひどいことされてるよ」そのまま後ろ頭を押される。頭を預けたいわけじゃないのに。むかつくほど盛り上がった乳に額が乗った。肌色しか見えない。目の奥がじわじわと熱くなる。誤魔化すようにその乳房に顔をうずめた。何にも見えなくなった。「嫌い」「うん」「だいっきらい」懲りずに小さな相槌が返る。もう本当にころしたいと思った。手を肩から退けて赤くなった痕に噛み付く。撫でる手は止まない。今度こそ盛り上がった涙が伝い落ちて、頬を滑ってきた冷えた手が拭った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (かふか→カエレ)

その日わたしは衝撃だった。あの子の目もあの子の声もなにもかも鮮やかだった。初めて見るもののようだった。本当は何回も喋ってからかって怒らせて宥めていたはずなのにすっかり喉は渇いて冷たい水が飲みたくなったしなにより笑顔に汗が浮いた。笑顔だったろうか?どうだろう。ただ飲んだこともない輪切りレモンのたゆたう水がとても欲しかった。それまでは息をするより先に出ていっていた適当で楽観で優秀な扇動家の台詞も組み立てかたをさっぱり忘れてしまってそれから考え出せなくなった。これが一番強烈だった。あの子といると心が跳ねてちゃんと保てないのだ。きっと前の自分が何より固執していたものを差し出されたって今は見向きもできないだろう。ここまで変わるものだとは思ってなかった。妙におもしろかった。メモにでもとっておこうかと思ったけれど忘れた。あの子がすぐ目の前にきたから。目の前と眩暈って似ている。恋する少女の撹乱を知った。しかしごく当然のようにすとんと落ちてきたこの情動はきっと喉からも出ないにちがいない。「どうしたのよ?」不審げな声で今あたまのなかにある全てはふっとんでいった。あああのね、今わたしは恋をしているのすごく。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (久藤→木野)

 

月のきれいな夜だった。なんて使い古した話の入りだけど、今日は本当に清々しい月だった。木野とふたりで白い息をつきながら、いつのまにか商店街に入って冷たい夜気の中を歩く。といってもまだ六時で、夏だったら明るいのにな、と思う。首もとが寒くて手先もしびれるけど、僕は冬の空気って結構好きだ。息のできる水の中みたいだなんて言えばまた笑われるんだろうな、勿論泣かせてやるけど。そんな隣の木野はというと肩をちぢめてふるえている。小動物みたい、とこっそり思った。うさぎとかああいう。


 「寒いの?」
わかりきったことを聞いた。木野は眉を寄せた横顔で無言でうなずく。街灯や店先の明かりにさらされて、跳ねた前髪の奥に白い耳が見える。白い頬が少し赤い。きっとつめたい。あたたかくなれる方法を知っている。誘い込む手口を知っている。本の受け売りだけどすべてわかっている。でもしない。僕は木野に何もしない。何も言えない。こいつが僕をぜったい殴れないみたいに。こいつが僕に決して存在否定をしないみたいに。
 「うち来て何か作れよ、今日母さんいないからレトルトしかない」
かすかな鼻声で命令された。どうかと思うんだそういうのと僕は思った、二重底で。それでも僕は、いいですよ、と答えた。いやなひとだ。木野は少しこちらを振り向いて笑った。苦笑いみたいなあっけらかんみたいな笑顔を向けた。こいつは僕をこてんぱんにたたきのめす方法を知っている。知らず知らず。いやなひとだ。
 「じゃあ材料買っていこう、木野のおごりで」
 「言われなくてもそうするよ」
 「いいのに」
 「どっちだよ」
軽口は軽やかだ。秘めた言葉はずっしりと錆びて僕の目玉の中にでも鍵をかけて置いてあるだろう。こいつがいつも褒める僕の目玉。ええとあと睫と声と顔。あとなんだっけ、それでいて別にそうやって好きじゃないなんておかしいんじゃないかと思う。人形だったら抱いてもらえたかなあ。あ、いや変な意味ではなくて。頭の中の軽口も止まらない。口に出す軽口も止めない。止めたらおかしい言葉をはくかもしれないから、って既におかしいんだけどね。

 「あれいっぺんやりたい、カレーなべ」
 「僕は普通のがいい」
 「んだよ、じゃあシメがラーメンでうまいやつ」
 「漠然としてるなあ…豆乳は?」
 「うわー女子みてえ、いいけど」


木野はけらけら笑う。僕もくすくす笑う。スーパーはまだちょっと遠い。アーケードの明かりは結構きれいです。このまま延々と続けばいいのに、道が夜が彼と僕が。安い歌みたい。木野はうさぎみたいに少女みたいにベルの音みたいに華奢でもない均等な男子のまま歩いていく。安いポエムだ。僕は想像と欲望と空腹をこねまわしてふと彼にかみついてみられる存在に生まれたらよかったのにと考えた。すぐ忘れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (久藤←木野)

 

俺の手の中の小さな再生機器から、黒いイヤホンを伝って耳の中へ音が流し込まれる。安いわりに音がいいとかって評判だった機械はやっぱり値段にしてはの域を越えないし、長くつけていても耳が痛くならないという触れ込みだったから買ったイヤホンはそれほどそうでもない。しかしまあ別によかった。ドラムはドカドカ叩いているしベースはギュイギュイ弾いている。ギターはなんだか上手いんだろうし、ボーカルはちょっと格好いい。そこら辺さえわかればいい。俺には取り立てて音楽へのこだわりもないし機械への造詣もない。持て余す時間のためにそれとわかる歌を聞かせてくれたらそれで充分。安いよな俺、とぼんやり思った。小さい公園のペンキが剥げたベンチの上に白い雲を帯びて青空は広がっている。なんか歌に合っててちょっと気分がはしゃいだ。そうこうするうちに曲が一つ終わって、女の子が歌い出して、また違う男がマイクを持った。


目を瞑ってかすかに口ずさんでいたら目の前に影が落ちた。それから歌越しに声の気配がしたので顔を上げるとやっぱり奴が立っていた。遅えよ、と眉をしかめながらイヤホンを外してみせると、久藤はごめんと言って苦笑いをした。熱唱途中で停止された名前も知らない男の声より響きがいい。これだもんなあと俺は肩を落としながら電源を切った。小さいし軽くて平たいからしまっておきやすいのでそれなりに気に入っている。ただ地味なんだよな、と思いながらイヤホンを束ねてポケットに突っ込んだ。

 「何聞いてたの?」
立ち上がると穏やかな微笑(こいつの形容は大概これでいける)で問いかけられた。曲名はわからなかったのでバンド名の略称で返す。しかしどのみち案の定知らないらしくて間延びした相槌をされた。久藤は俺の知らないものを知ってるくせに皆が知ってるものをたまに知らない。芳賀のおすすめ、と端的な紹介を済ませて舗装道路をジャリジャリ歩く。それにしてもこいつと肩を並べて歩くと少しそわそわするのがいやだ。
 「お節介だろうけど、あんまり音大きくしない方がいいよ」
 「ハハオヤかっつの」
言い慣れない単語を平板な発音で言ったからか、あはは、と爽やかに笑われた。ちょっとむかつく。しょうがないなあみたいなそういう年上意識は俺が思ってる方でお前が思われてる方だから断じて逆じゃないの。
 「でも本当、耳悪くするとあんまり治らないから」
 「はいはい」
わかってます、ていうかそんなヘマしないようにそれなりに調べた最小限の音量にしてますちゃんと、と言うか言わないか迷ってやめた。なんかなんとなく癪だった。

 「僕、木野に聞いてもらえないのやだし」
呟かれた言葉に思わずがばっと振り向くと、ああ今のが聞こえたんなら大丈夫だねと久藤は朗らかに笑った。畜生勝ったと思うなよ、心臓ばくばくさせやがって。心を読まれたかもしれないとか一瞬思った俺に嘆いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (久藤→木野)

 

木野が傍らにいるとなんだか少しおかしいぞ、と気がついたのはそれなりに以前のことだ。まるで心臓のなかに蜂でも巣くっていて、それが一斉にぶんぶん唸って内壁を叩いているような…いやこれは縁起でもないな。ともかくポンプはてんで訳もなく伸び縮みを早め、そのため血色が不自然に良くなりというかむしろ熱くなり、頭のなかでは色んな信号が灯って色んな麻薬が出る。色んなものが回る。まるでどこかの遊園地の電飾パレードだった。そして木野が隣りにいないとそれはそれで困りもので、喉の奥はがらんどうの空間でもできてしまったかのように寂しくそわそわと落ち着かなくなるし、目線は宙をさまよってなかなか見るべきところに帰り着かない。そういうわけで、僕は大いに弱った。あいつが居ようが居まいが、勝手に僕の快いリズムは崩れてしまう。それが何故かは知る由もない、という振りをしていたのか本当に気づいていなかったのかは定かでない。とりあえず知識はあらかたあったはずだし、どこかで腹はくくったはずだ。しかし僕の腹の中がどうであれ、彼は何の発見も気兼ねもせずしっかと僕につきまとっていた。これはあまり誇張でなく。対抗心だとか何だとかとあと純粋な友情らしく、なまじっか気を許されているので更に蜂の羽ばたきは加速する。けれども、すごく難儀なことに嫌に思えるはずがない。このままでは非常にまずい事態になりそうで、ジレンマを抱え込んだ僕は不貞寝に逃げ込む。しかし彼はやけにちかちかと光る笑顔を振りまくので、僕はその残像を就寝後まで引きずらざるを得なかった。深層心理は正直かつ不安定なもので、頭を抱えるような「悪い夢」もそれなりに見たし、泣きたくなるような「ひどい夢」もたくさん見た。「救えない夢」も見た。それでも居直って登校してしまえば彼は当たり前にそこにいて、てらいもなく一番の友達のままで笑っているものだから、僕は一気に力が抜けてしまって笑い返しておはようを言ったあと自分の席で諸々についての赤面をしたりしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (望先生→木野)

 

先生、と弾む少年の声に振り向くと、不意打ちのように意味のわからない模様の群れが目に入った。学生服の上にTシャツという感覚もさっぱりわからないが、何でこんな通行人が泡を吹くような柄を選ぶのかが一番わからない。何これ。よりにもよってってレベルですらありませんよ!そのおぞましさに目を見開いた私に、興味を惹いたとでも思ったか眼前の少年は満足そうだ。曰く、「カッコいいでしょ、先生ならわかってくれると思ってました」…おお、あまりに毒気のない自己完結。いやあの私は群集恐怖で鳥肌立てただけなんですが。いっそ感心できるくらい空気読みませんね君は。この額の脂汗が見えないんでしょうか。しかしその筆舌尽くしがたい模様から一向に目を逸らせない。メデューサ並みの魔力ですか君の服!そんな台詞を言おうとするが口が開かない。みるみる頭から血の気が引いていくのがわかる。あっ倒れると思ったその時。

 「先生どうかしました?顔色悪いですよ」
彼とばっちり目が合った。いや固まった顔を覗きこまれたのか。何にせよ近い。視界の殆どが彼の顔だ。 アーモンド形というのだろうか整った目が私の顔色を丹念に眺め回す。縄張り意識がないのかこの子は。模様が見えなくなったのは助かるが。
 「保健室行った方がいいんじゃ…」
今度はその心配そうな顔から目が離せない。以前から存じている通り、この心拍数が吊り橋効果でないことが一番いやなのだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (久藤VS望先生)

 

そろそろ暑くなるかと思ったらやっぱり雨なんかが降ると冷えてしまって、どうも調子がくるってしまう。怠い体はそのせいだろう。このところ梅雨を先取りしたみたいに雨が降る。朝から降り止まない雨がびしゃびしゃ傘に跳ねた。息まで重たく感じる。こんな雨の中に立ち尽くして打たれてみたい人もいるらしいけど、ならちょうど今、僕が通り過ぎた人もそんな手合いだろうか。泣きそうな顔をした眼鏡の男が電信柱みたいに突っ立っていた。悲恋の物語ならさまになっただろう滑稽さは、この穏やかな日常に生きる僕が傍観するにただ間が抜けているだけだった。そういえばその人は僕の担任に似ている気がしたんだけど、ひょっとすると当人だったんだろうか、そうじゃないんだろうか。そうじゃない方であってほしいなあ、とても面倒だから。

 「久藤くん」
足を速めると、恨めしそうな良い声がまっすぐ飛んできた。ご高説をぶち上げるときの声だったから、雨音にもまぎれない。それを無視してたっぷり五秒ほどそのまま歩いていたら叫ぶ声もどんどん近づいてきた。振り返ってみると可哀想ぶりの絶望さんは僕に向かってずんずん歩いてくる。
 「久藤くん、なにかあるでしょうかける言葉が」
いくら人目が少なくってもずぶ濡れの人と並んで歩くのは嫌だ。でもこの表情の先生は簡単には追い払えそうにない。僕は傘でその視線を遮った。けれど先生は降る雨の向きとは逆側にいたから背中が少し濡れてしまった。とんだ迷惑だと、思わず眉根を寄せて傘の向きを戻した。

 「先生を無視するんですか」
 「何か用ですか」
この程度の切り返しにたじろぐくらいなら来ないでほしい。濡れ鼠の先生に今更傘を差し掛けるのも妙だと思うから、僕たちは傘を差した少年と差していない大人の妙な取り合わせになっている。もっともこの人と相合い傘なんて嫌だけど。雨脚は強まって風も吹いてきて、先生は古いコントみたいな格好になっている。もはや水もしたたるいい男なんて言って面白がれるレベルではない。顔はいいからいっそう悲壮だ。
 「欲しいのは同情ですか、問いかけですか、それともタオルですか」
 「ええ、とりあえず先生は今、心と体に風邪をひきそうです」
 「こじらせないように気をつけてくださいね、では」
 「待ちなさい」
心ばかりの言葉をかけて去ろうとすると、先生が肩を掴もうとしてきたから咄嗟に傘で払った。振り向いて、今日は疲れているからさっさと帰って寝床に潜って本を読みたいのだと目で訴える。先生は青ざめた顔をした。唇がちょっと紫だ。僕に絡んでないで宿直室に帰ればいいのに。きっとあの髪の長い小森さんが甲斐甲斐しく世話を焼くだろう。僕はあまり会うことがないからよく知らないけど。そういえば今日はおかっぱ頭の常月さんがそばに見えないけど、たぶん二人で待っているんじゃないだろうか。顔すらおぼろげにしか覚えてないけど美人だった気はする。だからいつまでも僕の進路を妨げていないでおとなしく彼女らに泣きつけばいいのに。

 「私を邪険にするとどうなるかわかってますか」
 「あ、別にいいです」
 「先生泣いちゃいますよ」
 「どうでもいいです」
じゃ、と笑いかけて、軽く後ろ手を振って角を曲がる。彼の首の痣が増えようが知ったことではない。どうせ女の子たちはそういう可哀想な絶望先生が好きなのだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 (久藤と木野)

 

夏の近い今は日暮れが遠い。俺と久藤は黙々と書架の整理をしていた。本来の当番は俺と大草さんなのだが、今日は急なバイトが入ったとかで、俺に数学のノートを頼んで早退していた。一人ならさぼろうかと思ったけど来てみたら久藤がいて、適当に喋っていたらふらりと立ち寄った糸色先生に仕事を任されてしまった。もう置いておけないくらいに傷んだ本や間違った場所にしまわれている本を抜き取っては積み上げる。正直単調だった。
 「飽きた」
ぽつりと呟くと、久藤が無表情にこちらを見た。その手元には開いた文庫本がある。
 「お前何で本読んでんだよ」
 「ああ、ごめん」
言いながらもめくる手を早めるだけで戻そうとはしない。俺は呆れ顔をしながらひとつ上の段に手を伸ばす。古い本を扱うと指を切ることは少なくても埃まみれになるのが嫌だ。
背表紙をなぞっていくと、また番号の違うものがあった。隙間なく押し込んであるから、指をかけてもなかなか出てこない。これやったの木津じゃないだろうな。いや、あの子なら番号まで揃えるか。
 「飽きたんなら、話でもしようか?」
その声に手を止めて久藤を見ると、冗談みたいにばらららっと残りのページに目を通して、本を書架に戻してしまった。
 「はい、読み終わった」
 「お前それ読んだって言わねえだろ」
 「どっちなの」
坊さんのやるお経の虫干しか、と思ったがそのツッコミは古風すぎる気がして言うのはやめた。読むなって言ったり読めって言ったり、と久藤が呟いた。読むんならちゃんと読めよ、と俺は久藤の頭を手の甲ではたいた。あっちこっち跳ねた黒い髪は案外硬くて痛かった。
 「…今日は何の話なんだ」
 「何個かあるよ。そろそろ暑いから、海の話なんてどうかな」
 「任せる」
 「了解」
久藤は何の気もなさそうに短く告げた。俺は奴に背を向けて作業を再開した。時折番号が読めなくなってしまうだろうことは予想できたけど、でも夏が近いから日暮れは遠いのだ。





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