斜陽




きしり、と妙に人を苛立たせる音がした。たしか部屋の隅に転がっていたルービック・キューブが、なぜか木野の手の中にある。小さな頃に買ったような覚えがあるけど、特に思い入れもない。単なる手慰みのようで、揃えようという意欲もなく回っていく。六面には青赤黄色が雑に並んで、だいだい色はさっき反転していって見えなくなった。適当に積まれた本や教科書やカセットテープの散乱した、ずっと布団を敷きっぱなしで広くもない和室の、かろうじて作った各々の空き場所に僕らは座っていた。僕はMDも聴けない大きなCDラジカセの隣で、木野は壁際にあるぎゅうぎゅう詰めな本棚の横。こんな有様は意外だと言われたのが不思議で、そうかなと返したのは、たしか木野を初めて家に呼んだ日だった。そして木野はただ一人の家に招いた他人だった。今もそれは変わらないし、特に変える気もしなかった。

 「まぶしい」
 「うん」
確かに西日が部屋に落ちて、目が染みていた。読む本の白にも反射して痛くなる。身を乗り出してグレーのカーテンをしめた。しゃっと音が立って、消えて、また沈黙がつづく。僕の部屋には今くらいしか日が当たらない。それすら遮ると、まるで世界ごと沈黙したような気がする。でも部屋には僕と木野の二人がいて、べつに何も変わった様子はなかった。壁に凭れ、あぐらをかいて俯く顔は見えない。白い指は影の落ちた立方体の色をばらばらにしつづけている。きしりきしりとかすかな雑音が聞こえる。学校帰りにひとの家に上がり込んでも黙りこくったまんまの木野くんは、ある方向性からいくと素の姿なのかもしれなかった。
 「楽しい?」
 「全然」
 「そっか」
 「うん」
それだけの会話が終わると、また静かになった。少々居心地は悪いものの無理に話そうという気もなかった。いつもの明るくて楽しくてさわがしい木野くんはここにいない。勝負をしようも好きな子だれだもなく、淡々と一言二言だけが呟くように出ていった。きっと、カーテンをしめたのだ。それはいいも悪いもない単純な事実でしかない。ただ少しだけ、穏やかな喜ばしさみたいなものが僕の頭から勝手に湧いてくるだけだ。きっと木野には気味の悪い話だろう、そんなの知ってる。
 「久藤」
やがてキューブも放ってしまった木野が、神妙な顔して僕を呼んだ。ああまたこの胸の高鳴りだ、知覚するたびに頭が崩れる。いっそ消えてしまえればいいのに。
 「ん?なんか読むなら貸すけど」
 「いや、…ちょっと、話、きいて」
 「相談?」
 「…一応」
今日、木野が昼休みじゅう机に顔を伏せていたことを僕は知っている。平静を装った声はたぶん今の彼には素通りに近いんだろう。彼の心をいっぱいに埋め尽くしているあの女の子はそれはそれは名に違わずかわいらしいから当たり前だ。きしり、と僕が苛立つ音がする。木野はなんにも気づかずに小さく悩みをこぼしていく。苦い病気にかかっている僕と甘い病気にかかっている彼が、苦しい思いを二人で共有することはない。




パズルと夕日と僕がいらない

- end -

2008-08


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