わたしのおじさん



せみがみんみんうるさい。汗をかきながらよいせよいせと坂をのぼると、駅の前の木のところの日陰には思っていた通りの人が立っていた。背が高くて下を向いた横顔がきれいで黙って本を読んでいる。わたしはうれしくなっていつのまにか走っていた。途中で帽子が落ちたけど気にならない。心配ばっかりするお父さんがいつもかぶせるへんな帽子。


 「准おじさん!」
大きな声で呼ぶと、おじさんは顔をぱっとこちらに向けてそれから思いがけずにっこり笑って両手を広げて、抱きついたわたしをしっかり受けとめた。うれしくてたのしくてどきどきする。おじさんはいい匂いがした。洗った服の匂いとはちがう、いい匂いのするお花みたいな匂い。
 「会いたかったー!」
わたしが言うと、おじさんは「僕もだよ」と言ってわたしを抱っこして一回くるっと回った。きゃあってさけんでけらけら笑った。でもおじさんは絶対に落っことさないと思う。准おじさんは、東京だけどここからはずっと遠い、山のあたりのお家にひとりで住んでいる。おじさん家にいくときは電車に何回も乗るから、どこについたのかいつもよくわからなくなる。
 「おじさん、あたらしい本もってきてくれた?」
 「もちろん持ってきたよ、三冊とも全部」
 「やったあ!」
おじさんはお話を書いている。出てくるものみんなかわいくて、出てくる人みんなやさしくて、ときどきなんだかよくわからなくなって、でもすっごくおもしろいお話をいっぱい書いている。ヘンテコな服ばっかり作るのにいそがしそうなお父さんよりずっとかっこいい。おじさんは、わたしの汗でだらだらのほっぺたも気にしないで、ほっぺたをくっつけてくれる。宝物でもだっこするみたいにやさしいからうれしくなる。わたしはこの年に何回かしか会えないおじさんが大好きでしょうがない。


 「こら、人の娘さらうな」
後ろからお父さんの声がして、さっき落とした帽子をぽすん、とわたしにかぶせた。じゃましないでよ、とわたしはふくれたけど、おじさんはにこにこ笑っている。
 「よう、ひさびさ」
 「久しぶり、お変わりなさそうで何より」
 「…やーっと追いついた、この暑いのに元気だなお前ら。
  ほら、そろそろ降りろよ。おじさんも疲れてるんだぞ」
 「やーだー」
 「いいよいいよ、このまま抱っこしていっても大丈夫だから」
 「悪いな、んじゃ頼む」
 「はいはい。じゃあ行こうね」
 「おんぶがいい!」
おじさんがわたしを抱っこしたまま歩きだそうとするから叫んだ。だって抱っこだと道が後ろ向きになってきもちわるい。優しいおじさんはあっさりわたしを下ろして今度はおんぶにしてくれた。おじさんの広い背中はぽかぽかしていて、太陽のじりじりとちがってきもちいい。やっぱりスカートはかなくってよかった。おじさんはスカートはいてるとおんぶしてくれないんだ。
 「…ごめんな、本当わがままで」
 「気にしないでいいってば」
なんでかお父さんが謝った。よく見えないけどたぶんおじさんは笑ってる。そういえばおじさんが怒った顔は一度も見たことがない。一度、わたしがよその犬にちょっかいを出して噛まれそうになったときには、すごく悲しい顔していっぱい怒られた。わたしはごめんなさいってわんわん泣いた。お父さんに大声で怒られるよりずっと効き目があった。


 「加賀さんもおなかの子も元気?」
 「ああ。順調、順調」
 「一姫二太郎って、言ってた通りだね」
 「ばっ!お前そういうこと言うんじゃねえよ」
おじさんがくすくす笑って、お父さんがあわてだした。いちひめにたろーって何?って聞いたらお父さんがにらんだ。やなかんじ。おじさんはお母さんのことを加賀さんって昔の名字で呼ぶ。お父さんも結婚したての頃はそうだったんだよってこの前来たとき教えてくれた。見せたかったなあ、あわてて愛って言い直すんだよって楽しそうだった。おじさんはわたしの知らないお父さんとお母さんをたくさん知っている。でもあんまり言うとお父さんに怒られるからってあんまりいっぺんに教えてくれない。
 「…しっかし、お前もお姉ちゃんになるんだから、もうちょっとなあ」
 「なんでー」
 「このままでいいよ、可愛いじゃない」
 「ほらっ」
 「騙されるな。このおじさんは昔っから女の子に甘いんだ」
 「うわ、ひどいなあ」
お父さんがくだらないことを言ってもおじさんは笑ってる。怒ってもいいのにな、ってときどき思う。おじさんはやさしいから言い返さないのかもしれない。だったらわたしが味方してあげなくちゃいけない。
 「でも早いなあ、もう三年生か」
 「そーだよー」
 「知ってるか?三年生のお姉さんは自分で歩けるんだぞ」
 「おとーさんうるさい」
 「…ちぇ、もうちょっとしたらジジイとかウザイとか言い出すんだろうなお前も」
 「せいぜいそれまでを大切にしておけば?」
 「ねー」
 「はいはい…意味わかってんのかお前」
ちょっと拗ねたお父さんはちょっと早足になってわたしたちの前を歩きだした。おじさんは楽しそうだ。わたしはなんだかよくわからないきもちになった。知らないものを見たときのきもちだ。


前に、おじさんはお父さんが大好きだねって言ったらびっくりした顔をしていた。それから「そうだよ、でもないしょにしててね」って笑った。なんで?って言ったらちょっと困った顔で「はずかしいからかなあ」って言った。よくわかんなくてふーんって言った。おじさんは「おじさんは、きみもお母さんもとっても大好きだよ」って頭をなでてくれた。でもなんだかお父さんへの好きはもっとすごい、とっておきの大好きみたいだ。それはなんだかふしぎだった。でも約束したから、お父さんにはずっとないしょだ。


そんなことを思い出して頭がくるくるした。へんなの、へんなの。おじさんうれしそう。でも、コンビニの前まできたら、それはどこかへいってしまった。
 「アイス!アイス食べたい!」
 「え、お父さん財布持ってきてないぞ」
 「ええー!」
 「じゃ、おじさんが買ってあげる」
 「やったあ!ありがとう、准おじさん」
はしゃぐわたしを背中から下ろして、手をつないでコンビニに向かう。おじさんはあんまり汗をかかない。手もちょっとつめたくて大きくてごつごつだ。ふしぎだな。お父さんの手ともなんかちがう。
 「久藤、悪い…後で返すわ」
 「いいって、このくらい」
歩いてるわたしはばっちりおじさんの顔を見上げることができた。とってもやさしい笑顔を見てるとやっぱりへんなかんじになったけど、うぃんと開いた自動ドアからの冷たい風がうれしくってまた忘れてしまった。




はてなと思ってそのままで

- end -

2009-06


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